アイスクリーム充填苺事件

 

2017.05.31

 

作用的・機能的クレームの解釈
1.事件の概要

民事訴訟事件番号
「平成15年(ワ)第19733号(第1事件)、同第19738号(第2事件)、同第19739号(第3事件)特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所)」

■この事件は、アイスクリーム充填苺に関する特許を共有する原告が、被告の製造販売する製品が当該特許権にかかる特許発明の技術的範囲に属すると主張して、被告に対して当該製品の製造販売等の差止め及び損害賠償を求め、東京地方裁判所に訴えを提起したものです。
これに対し、被告は、被告の製造販売する製品は原告の特許発明の技術的範囲に属さない。

さらに、原告の特許には無効理由があることが明らかであって、当該特許権に基づく原告の本訴請求は権利の濫用に当たると主張して争いました。

東京地裁の判決主文は以下のとおりです。
1.原告らの請求をいずれも棄却する。
2.訴訟費用は原告らの負担とする。
3.本件特許の内容

 

特許請求の範囲の記載
本件発明は「アイスクリーム充填苺」に関し(特許第3359624号)、特許請求の範囲は以下のとおりです。

 

【請求項1】
(A)芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって、
(B)該アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺。
【請求項2】
(C)前記アイスクリームの糖度が40度?50度である請求項1記載のアイスクリーム充填苺。
【請求項3】
(D)前記柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性は、寒天、及びムース用安定剤がアイスクリームに添加されることにより生じた性質である請求項1記載のアイスクリーム充填苺。

 
本件訴訟における主な争点
(1)被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか。
(2)本件特許発明には無効理由があることが明らかであって、本件特許権に基づく原告の差止請求及び損害賠償請求は、権利の濫用に当たるか。

 

注釈
前記請求項1では「アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有している。」とし、クリームが形態保持性を有してさえいれば、いかなる技術手段を問わず、全てがクレームの文言侵害になるといういわゆる作用的・機能的記載クレームであることがわかります。

なお、本件特許では、請求項1の従属項である請求項3になってはじめて「形態保持性は、寒天、及びムース用安定剤がアイスクリームに添加されることにより生じた性質である。」と具体的な技術手段を記載し、請求項1を限定しています。

このような作用的・機能的記載クレームは特許権の技術的範囲をできる限り広く確保する目的で用いられる手法ですが、本件特許ではそれをサポートするだけの技術的手段が発明の実施の形態に記載されているとは思いません。

この事件において裁判所は、作用的・機能的記載がなされた場合のクレームの解釈指針を示しています。
 
4.裁判所の判断
裁判所は、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属さないと判示しました。

その理由は、以下のとおりです。
「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有している」との記載は、「新鮮な苺のままの外観と風味とを残し、苺が食べ頃に解凍し始めても内部に充填されたアイスクリームが開口部から流れ出すことがなく、食するのに便利である」(本件特許明細書段落【0008】、本件特許公報3欄38?41行)という本件特許の目的そのものであり、かつ、「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は、本件特許におけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって、本件特許の目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。

特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的・機能的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば、すべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。

しかし、このような結果が生じることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。

したがって、特許請求の範囲が、上記のような作用的・機能的な表現で記載されている場合には、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。
そこで、本件明細書の記載を見るに、「発明の詳細な説明」欄には、「このように柔軟性を有し、しかもクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有するアイスクリームは、通常のアイスクリームの組成に、さらに寒天、及びムース用安定剤を添加することにより製造することができる。」(【0010】本件特許公報4欄48行)、「寒天をアイスクリームに添加すると、アイスクリームが溶け出す温度になってもアイスクリーム全体の形状を保持する機能を持つ。しかしながら、アイスクリームが流れ出すことを防ぎ全体のアイスクリームの形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけでは、食感がぷりぷりしてしまい、アイスクリームの食感は失われてしまう。」(【0011】本件特許公報4欄9~15行)、「本件発明において苺に充填するアイスクリーム中の寒天の割合は、0.10.4重量%の範囲が好ましく、さらに好ましくは0.20.3重量%の範囲である。

寒天が0.1重量%未満であると、アイスクリーム充填苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく、0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくない。」(【0012】本件特許公報4欄16~23行)、「前記ムース用安定剤には、一般的にムースに使用される安定剤であればよい。

該ムース用安定剤をアイスクリームに添加した場合には、全体を柔らかい食感とする機能があり、寒天を添加した場合のプリプリした食感を和らげ、アイスクリームを柔らかい食感とすることができ、また、解凍した際にドリップが出るのを防ぐことができる。」(【0013】本件特許公報4欄24~30行)、「ムース用安定剤は、前記配合割合の寒天が配合されたアイスクリームのプリプリ感を滅殺する量を添加することが必要である。

例えば、CREMODAN MOUSSE301J(登録商標、ダニスコカルタージャパン株式会社製)は、グリセリン脂肪酸エステル18%、クエン酸ナトリウム6%、砂糖+ゼラチン76%の配合比を有し、該ムース用安定剤は、アイスクリーム中に0.50.7重量%の範囲が好ましく、さらに好ましくは、2.03.0重量%の範囲である。

ムース用安定剤が2.0重量%未満であると、アイスクリーム中の寒天のプリプリ感を滅殺する効果がなく、3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり、クリーミー感がなくなる。」(【0014】本件特許公報4欄31?43行)、「本発明のアイスクリーム充填苺には、アイスクリーム用安定剤、寒天、及びムース用安定剤が含まれているので、全体としてアイスクリーム本来の柔らかくクリーミーな食感と同様な食感となり、しかも、通常のアイスクリームに比べて、解凍温度に到達してもアイスクリームが流れ出ない程度の形態保持性を保持している。」(【0015】本件特許公報4欄44~50行)との、各記載がある。
また、本件明細書には、本件特許発明の実施の形態として【0016】に「・・・芯をくり抜いた苺に、アイスクリーム用安定剤を含有するアイスクリームに、寒天、ムース用安定剤を添加し均一に混合することにより、アイスクリーム充填苺用のアイスクリームを調整する。」との記載があり、実施例として、【0017】【0018】に「以下の配合比の原料を常法により混合してアイスクリームを製造した。」「生クリーム20.0重量%、砂糖19.0重量%、加糖練乳17.0重量%、水飴18.0重量%、脱脂粉乳5.5重量%、脱脂濃縮乳3.9重量%、ムース用安定剤2.2重量%、アイスクリーム用乳化安定剤0.5重量%、寒天0.2重量%、ミルクフレーバー0.1重量%、水13.6重量%」(本件公報6欄4?20行)との記載があるが、他にアイスクリームの原料の配合比についての記載はない。

これらの記載によれば、アイスクリーム本来の食感を有し、かつ、通常のアイスクリームの解凍温度に到達しても溶けない形態保持性を有するアイスクリームは、少なくとも、通常のアイスクリームの組成に寒天及びムース用安定剤を添加することにより製造することができることが開示されているが、本件明細書においては、それ以外の方法によって、アイスクリーム本来の食感を失わず、かつ、苺が解凍された時にも形態保持性を維持することができるアイスクリームを製造することができることについて、何らの記載もない。上記のとおり、本件特許発明の目的は、アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも、苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ、本件明細書においては、これを実施するために、通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し、それ以外の成分について何ら言及していない。・・・加えて、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は、本件特許発明の特許出願前の平成5年に既に広く販売されて、公知であったことに照らせば、本件特許発明に進歩性を認めるとすれば、充填されているアイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。
上記によれば、本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには、通常のアイスクリームの成分のほか、少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。

これに対して、被告製品は、・・・工程を経て製造されるもので、その成分の構成は、別紙「苺アイス成分配合表」に記載のとおりであるから、その成分に「寒天及びムース用安定剤」が含まれていないことは明らかである。

したがって、被告製品は、本件特許発明のアイスクリーム充填苺における「アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」(構成要件B)を充足しないから、本件特許発明の技術的範囲に含まれない。
なお、上記のように本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点え、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについて、通常のアイスクリームの成分のほか、少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈しないのであれば、本件特許発明は、特許法第29条第1項第1号ないし第2号に違反して特許された無効理由を有することとなるというべきである。

5.私見 
■前記判決では、請求項1の作用的・機能的クレームにつき、明細書の課題を解決するための手段や発明の実施の形態、実施例の各記載を参酌し、その技術的範囲を限定して解釈し、被告製品は請求項1に記載された作用や機能は備えているが、請求項3に記載の具体的な技術手段を備えておらず、本件特許発明の技術的範囲に属さないと判示しています。

さらに、請求項3に記載の構成要件を有さない本件特許発明には進歩性が認められず、このように解釈しないと、請求項1に記載された発明に特許性が認められないと判示し、理由付けの補強を行っています。クレームに記載された作用や機能を有していれば、いかなる技術手段を問わず、全てがクレームの文言侵害になるという不合理を回避するための従来どおりの判例に沿った妥当な判断だと思います。

 
■当初の明細書から全ての技術手段を記載することは困難であり、またそのためのデータも不足しているのが現状ではないでしょうか。
明細書の作成段階では、発明の技術的範囲を広くしたいがため、作用的・機能的記載が散見されることはやむを得ません。

しかしながら、この判決のように、作用的・機能的記載をしたからといって裁判所が権利範囲を広く解釈することはなく、かえって、明細書の発明の詳細な説明や図面に開示された事項に限定してその技術的範囲を解釈することになります。

発明の技術的範囲を広くするために作用的・機能的記載をするにせよ、それを十分にサポートする技術的手段の記載がなければ、その労力が無駄になってしまいます。

したがって、作用的・機能的記載によってより広い範囲の特許を取得したいと考えるならば、それをサポートする可能な限りの実施形態を明細書に記載する必要があり、そのためには、発明を多面的に考察し、考えられる限りの技術的手段を記載する努力が必要でしょう。

ただし、特許出願には時間的な制約があり、明細書を速やかに作成しなければならないことも考慮する必要があるでしょう。