施工面敷設ブロック事件

2017.05.31

 

 

「ブロック(用語)」の解釈
1.事件の概要

民事訴訟事件番号
「平成16年(ワ)第7716号特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所)」

この事件は、原告が、被告の製造販売する「自然石亀甲金網護岸工法KSネット」という製品が原告の特許発明の技術的範囲に属し、その製造販売行為が原告の特許権を侵害すると主張し、被告に対し、特許法第100条第1項に基づき製品の製造販売の差止めを求めるとともに、民法第709条、特許法第102条第1項に基づき損害賠償金1031万4765円とこれに対する遅延損害金とを求め、東京地方裁判所に訴えを提起したものです。

これに対し、被告は、被告の製造販売する製品は原告の特許発明の技術的範囲に属さないと主張して争いました。

東京地裁の判決主文は以下のとおりです。
1.原告らの請求をいずれも棄却する。
2.訴訟費用は、原告らの負担とする。
3.本件特許の内容

 

特許請求の範囲の記載
本件発明は「施工面敷設ブロック」に関し(特許第1997204号)、特許請求の範囲は以下のとおりです。
(A)ネットの経糸又は緯糸にブロックの敷設面に設けた引留具を通し掛けして多数のブロックをネットに結合し、
(B)該ネットをもって施工面に敷設する構成としたことを特徴とする施工面敷設ブロック。

 

本件訴訟における主な争点
(1)被告製品の構成は、本件特許発明の構成要件(A)を充足するか。
(2)被告製品の構成は、本件特許発明の構成要件(A)と均等か。

 

注釈
この事件は、構成要件に含まれる用語「ブロック」の意義が問題となりました。

この事件で裁判所は、用語の意義の解釈方法を示しています。

なお、裁判所は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ(特許法第70条第1項、平成14年法律24号による改正前のもの、同条第2項も同じ)、特許請求の範囲の記載だけでは特許発明の技術的範囲が一義的に明らかにならない場合などには、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである(同条第2項)。」と判示しています。

 

4.裁判所の判断
(1)「ブロック」の解釈について(争点1:被告製品の構成は本件特許発明の構成要件(A)を充足するか)
本件発明の構成要件(A)の「ブロック」との用語は、単なる「かたまり」(広辞苑第4版、第5版)を意味することもあれば、「コンクリートのかたまり」(岩波国語辞典第4版)を意味したり、「コンクリートブロックの略」(広辞苑第5版)を意味することもある。このことからすれば、本件発明の構成要件(A)の「ブロック」との要件は、人工素材による成形品としてのブロックのみならず自然石も含む「かたまり」を意味するのか、「コンクリートのかたまり」のような人工素材による成形品としてのブロックを意味し、自然石を含まないのか、その特許請求の範囲の記載だけではその内容が一義的に明らかにならないのであるから、本件明細書特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を参酌し、その意義を解釈すべきである。

 

本件明細書及び図面には、次の記載がある。「この発明は施工面をコンクリートブロックで覆工する場合に使用する敷設ブロックに関する。」(段落【0001】)、「従来、土地造成、道路開設、或いは土手の工事等においては、傾斜面や路面をコンクリートブロックにて覆工する工事が行われている。」(段落【0002】)、「この発明は、施工面に対するブロック敷設が極めて簡単で、従って短い工期、工費で施設でき・・・」(段落【0004】)、「ブロック2はセメントと砂の混練物を主材とする。又はこのブロック2は金属精錬によって発生するスラッジや製紙スラッジ等を固形化したものを使用する。又このブロックはタイルやレンガブロックである。又このブロックは木質製又は合成樹脂製ブロックである。」(段落【0010】)、「上記ブロックの成形時に引留具3を一体成形したものを準備し、このブロック2の引留具3にネット1の経糸又は緯糸1aを引通し、ネット1に多数のブロック2を結合する。」(段落【0011】)、「上記施工面施設ブロックによれば、ネットの経糸又は緯糸にブロックに設けた引留具を通し掛けにして多数のブロックをネットに結合する構成としたので、・・・広域の施工面に対するブロック覆工作業が極めて容易且つ迅速に行える。・・・又ネットの経糸又は緯糸にブロックに設けた引留具を通し掛けにするのみで、ネットに多数のブロックを結合する敷設ブロックが容易に製造できる。」(段落【0015】)。図1ないし図4には、人工素材による成形品としてのブロックに引留具を一体成形し、その引通し孔にネットの経糸及び緯糸を引き通し、これにより多数のブロックをネットに結合したものが図示されており、自然石を使用したものは図示されていない。

 

本件明細書の記載及び図面によれば、構成要件(A)の「ブロック」は次のように解すべきである。

本件明細書及び図面には、ブロックとして自然石を用いることを窺わせる記載は全くない。

かえって、本件明細書の【発明の詳細な説明】の欄の、【産業上の利用分野】の項における本件発明が「コンクリートブロックで覆工する」発明に関するものであるとの記載、【作用】の項における「ネットにブロックに設けた引留具を通し掛けにするのみで多数のブロックをネットに結合した敷設ブロックが容易に形成できる」との記載、【実施例】の項における「ブロックは、コンクリートブロック、スラッジ等を固形化したブロック、タイルやレンガブロック、木質製又は合成樹脂製ブロックである」との記載、「これらのブロックの成形時に、引留具を一体成形したものを準備し、この引留具にネットの経糸又は緯糸を引き通して、ネットに多数のブロックを結合する」との記載、【発明の効果】の項における「ネットの経糸又は緯糸に引留具を通し掛けにするのみで、敷設ブロックが容易に製造できる」との記載、並びに、上記図面により図示されているところ、以上を参酌すれば、本件発明の構成要件(A)の「ブロック」は、コンクリートブロックなどに例示されるような人工素材による成形品としてのブロックであり、その成形時に「引留具」を一体成形することが可能なものであって、これが不可能な自然石は含まないものであると解すべきである。

原告が主張するように、構成要件(A)の「ブロック」に自然石を含むというのであれば、「引留具」を一体成形することが可能な自然石に「引留具」を取り付けるための技術的事項が本件明細書に記載ないし示唆されるべきである。

しかし、本件明細書には、「ブロック」に自然石が含まれることを示唆する記載もなく、自然石を使用した場合に、どのようにして「引留具」をこれに取り付けるのかとの技術事項についての記載も示唆も全くないのである。

本件発明は、人工素材から成る成型品としてのブロックとこれと一体成形した「引留具」にネットの経糸又は緯糸を通し掛けにするのみで、多数のブロックがネットに結合する敷設ブロックが容易に製造され、ブロック覆工作業が極めて容易かつ迅速に行われることを、その発明の本質的特徴とするものであると解すべきである。
確かに、構成要件(A)には、「ブロックの敷設面に設けられた引留具」と記載されているだけで、「ブロックの敷設面に一体成形されて設けられた引留具」との記載はない。

しかし、河川等の護岸工事における法面覆工の工法としては、コンクリートブロックを用いる工法と自然石を用いる工法とが、その代表的な例として挙げられ、また、自然石とコンクリートブロックとでは、その形状、硬性、加工上の特質等が異なるため、護岸工事の法面覆工等において自然石をブロックとして用いる場合には、コンクリートブロックを用いる場合と異なる技術を必要とすることが少なくない。

そのため、ブロックに関する特許の出願にあたっては、発明が自然石を対象とするものであるか否かが明示されることが多く、自然石とコンクリートブロックの両方を対象とする場合にもその旨が明記されることが多い。
本件発明の構成要件(A)は、「ブロックの敷設面に設けた引留具」に「ネットの経糸又は緯糸」を「通し掛けにして多数のブロックをネットに結合」するものであり、これにより引留具にネットの経糸又は緯糸通し掛けするのみで、敷設ブロックが容易に製造できるとの効果を奏するものである。

そして、ブロックの成形時に引留具を一体成形することができるコンクリートブロックなどの人工素材をブロックとして用いる場合と比べ、自然石をブロックとして用いる場合では、その引留具の取付方法において、被告製品にみられるとおり、異質な技術を必要とするものであるから、本件発明の「ブロック」に人工素材から成る成形品のみならず自然石を含めるのであれば、その旨を本件明細書に明記した上で、自然石から成るブロックに対する「引留具」の取付方法についても、人工素材から成るブロックの場合と区別して、本件明細書に記載すべきである。

しかし、・・・構成要件(A)の「ブロック」に自然石を含むとの記載も示唆も全くないのである。

以上によれば、本件特許の構成要件(A)の「ブロック」は、コンクリートブロックなどの人工素材から成る成形品としてのブロックであり、自然石はこれに含まれないと解すべきである。
これに対し、被告製品は、いずれも自然石を使用するものであるから、構成要件(A)を充足しない。

・・・被告製品は、多数の自然石のすべてにアンカ孔を設け、これら自然石すべてに固定部材を取り付けるために、アンカ部材を打ち込むものであり、また、固定金具の金網把持部により亀甲金網のねじり部を把持させた上で、アンカ部材を自然石に打ち込み、固定金具を固定するものであるから、本件発明が奏する「広域の施工面に対するブロックの覆工作業が極めて容易且つ迅速に行える。

・・・又ネットの経糸又は緯糸にブロックに設けた引留具を通し掛けするのみで、ネットに多数のブロックを結合する敷設ブロックが容易に製造できる」との効果を奏し得ないものである。以上によれば、被告製品は、本件発明の構成要件(A)を充足せず、本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(2)「均等」について(争点1:被告製品の構成は本件特許発明の構成要件(A)と均等か)
被告製品がいずれも自然石を使用するものであるから、本件発明の構成要件(A)を充足しないことは、前記認定のとおりである。

本件発明は、人工素材から成る成形品である「ブロック」と一体成形した「引留具」にネットの経糸又は緯糸を通し掛けにするのみで、多数のブロックがネットに結合する敷設ブロックが容易に製造され、ブロック覆工作業が極めて容易且つ迅速に行われることを、発明の本質的特徴とするものであることも前記認定のとおりである。

・・・被告製品が本件発明の・・・効果を奏し得ないものであることは前記認定のとおりである。

以上によれば、被告製品の「自然石」と本件発明の「ブロック」との差異は、本件発明との本質的な差異であり、本件発明の「ブロック」を「自然石」に置き換えることによっては、本件発明の目的も、同一の作用効果も奏することができないものであることは明らかである。

よって、被告製品の「自然石」の構成は、本件発明の構成要件(A)の「ブロック」と均等なものであると解することはできない。

5.私見 
■前記判決では、構成要件(A)の「ブロック」を人工素材からなる成形品と解し、被告製品の「自然石」は含まれないと判断しています。
特許請求の範囲には「ブロック」とだけ記載され、構成要件(A)の「ブロック」を人工素材のそれに限定していないことは明らかですが、本件明細書や図面には「ブロック」としてコンクリートブロックを用いることのみが記載され、「ブロック」に自然石が含まれるとの記載はおろか、その示唆すらありません。

また、ブロックとして自然石を用いる場合、本件明細書に記載された技術手段とは異なる技術手段を使用しなければならないにもかかわらず、その技術手段の開示もありません。

さらに、ブロックとして自然石を用いた場合、本件発明の効果を奏することができないことを総合的に考慮すれば、「ブロック」がコンクリートブロックなどの人工素材に限定され、自然石は含まれないとする判断は妥当だと思います。

この判決では、「ブロック」に自然石を含むと解釈されるためには、その旨のみならず、技術手段の開示と本件特許の作用効果を奏する旨の記載が必要であるとしていると思いますが、作用効果の記載がなくとも、技術手段を含めた実施形態として自然石を使用した態様を記載すればよいと思います。

ただし、その態様が特許請求の範囲に記載された発明の技術的思想に包含されるかは定かではありません。

なお、本件明細書の記載から、出願当初、自然石は念頭になかったのではないでしょうか、

特許出願後に後知恵が出ることはよくあることです。

その場合、国内優先の期間であれば、それを利用して実施例追加型の国内優先権主張出願を行うべきだと思います。

国内優先の期間を過ぎた場合は、別途あらたな出願が行えるかを検討するべきでしょう。

その場合、先の出願との差異を明確にして出願する必要があるでしょう。

■前記判決では、被告製品の「自然石」と本件発明の「ブロック」との差異は、本件発明との本質的な差異であり、本件発明の「ブロック」を「自然石」に置き換えることによっては、本件発明の目的も、同一の作用効果も奏することができないと判断し、均等の主張を認めませんでした。
均等を認める根拠はなく、妥当な判断だと思います。この裁判で原告が均等の理論を使用したことから、原告も「ブロック」に「自然石」が含まれるかについて確信を持てなかったのではないでしょうか。

裁判で展開する主張によって腹のさぐり合いになる場合があり、主張が唯一それしかない場合は別ですが、多くの主張が可能な場合は、それを慎重に検討すべきだと思います。