インクカートリッジ訴訟

 

2017.05.31

 

■使用済みのインクカートリッジのリサイクル手順は、以下のとおりです。
1.インクカートリッジの液体収納室の上面に、洗浄およびインク注入用の孔を開けた後、インクカートリッジ内を洗浄する。
2.インクカートリッジのインク供給口にインク漏れ防止措置を施す。
3.洗浄およびインク注入用の孔からインクを注入する。このとき、インクは負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分まで充填されるとともに、液体収納室の全体に充填される。

4.インクを充填した後は洗浄およびインク注入用の孔とインク供給口とに栓をし、インクカートリッジの外面にラベルを貼付する。

 

東京地裁における争点の1つは、かかるリサイクル行為が新たな生産に該当するか、または、それに達しない修理に該当するかでありました。
リサイクル行為が単なる修理に該当すれば、特許権の消尽論を適用してそのリサイクル行為によるリサイクル品は原告の特許権を侵害しないという結論となります。

■東京地裁は、「使用済みのインクカートリッジは、インクを使い切った後も破損等がなく、インク収納容器として十分に再利用可能であり、消耗品であるインクと比較して耐用期間が長い。
そして、液体収納室の上面にインク注入用の孔を開ければ、インクの再充填が可能である。

また、インクの変質等に起因する障害を防止する観点からは使用済みのインクカートリッジを再利用しないことが最良であるが、新品を使うかリサイクル品を使うかはユーザーが価格との兼ね合いを考慮して決めることである。」と判断し、「毛管力が高い界面部分を形成した構造が重要であり、界面部分の上方までインクを充填することは構造に規定された必然ともいうべき充填方法であるといわざるをえない。

そして、インクカートリッジにおいて、毛管力が高い界面部分の構造はインクを使い切った後もそのまま残存しているものである。

また、インクの充填は原告の特許権の構成要件を一部充足するが、インクそれ自体は特許された部品ではない。」と判断しました。

これに基づいて、「使用済みのインクカートリッジにインクを充填してリサイクル品とした行為は新たな生産に該当せず、生産に達しない修理に該当し、特許権の消尽論の成立が認められ、リサイクル行為によるリサイクル品は原告の特許権を侵害しない」と判示しました。

キャノンは、この判決を不服として、知的財産高等裁判所に控訴を提起しました。

東京地裁の判決主文は以下のとおりです。
1.原告の請求をいずれも棄却する。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
2.知的財産高等裁判所では
控訴人:キャノン株式会
被控訴人:リサイクル・アシスト株式会社
民事訴訟事件番号
「平成17年(ネ)第10021号特許権侵害差止請求控訴事件(知的財産高等裁判所)」

■控訴審における知財高裁は、特許権の消尽論が適用されない第1類型と第2類型とを示す。
被控訴人のリサイクル行為によるリサイクル品がそれら類型の1つに該当すれば、消尽論が適用されず、控訴人の特許権を侵害するとしました。

ここで、第1類型は、「特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後、再使用または再利用された場合」であり、第2類型は、「特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部分の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合」です。

■第1類型について知財高裁は、「インク消費後のインクカートリッジにインクを再充填する行為は、特許製品を基準としてその製品が製品としての効用を終えたかどうか
という観点から見た場合、インクカートリッジとしての通常の用法の下における消耗部品の交換に該当し、また、インクカートリッジの利用が当初に充填されたインクの使用に限定されることは社会的に共通認識として形成されているものではないから、当初に充填されたインクが消費されたことをもって特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなるということはできない。」と判断し、第1類型に該当しないとしました。

■第2類型について知財高裁は、「従来技術におけるインクカートリッジ開封時のインク漏れという問題を解決するため
負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材を収納し、それらの境界層である圧接部の界面の毛管力が各負圧発生部材のそれよりも高くなるように、それら負圧発生部材を互いに圧接させるという構成(構成要件H)と、液体収納容器がどのような姿勢をとっても、圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体が充填されているという構成(構成要件K)とを採用することにより、負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成することとしたものであり、かかる構成は本件発明の本質的な部分に当たる」と判断し、さらに、「インクカートリッジは、インクが消費されてプリンタから取り外された後、1週間から10日程度が経過すると、構成要件Hや構成要件Kを充足しない状態となるところ、被控訴人のリサイクル品は、構成要件H,Kの充足性を失った使用済みのインクカートリッジにその内部の洗浄および負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを注入する行為によって製品化されたものであり、この製品化行為は、本件特許権の構成要件H,Kを再充足させるものである。」と判断しています。

すなわち、知財高裁は、使用済みのインクカートリッジは本件特許の主要な構成要件H,Kの充足性を失っており、そのインクカートリッジにインクを再充填する行為は本件特許の主要な構成要件H,Kを再充足させると判断し、第2類型に該当するものとして特許権は消尽せず、控訴人が被控訴人製品について、特許権に基づく権利行使をすることができると判示しました。

知財高裁における判決は、特許発明の内容にまで踏み込んだ妥当な判決だと思います。

今後地裁では、高裁が示したあらたな基準(第1の類型、第2の類型)が原則になると思いますが、事案によってはこれまでの基準が採用される場合もあると思います。

なお、この事件は、政策的な問題であり、特許の場で争うことは多少疑問に思います。

知財高裁の判決主文は以下のとおりです。
1.原判決を取り消す。
2.被控訴人は、別紙物件目録(1)及び(2)記載のインクタンクを輸入し、販売し、又は販売のための展示をしてはならない。
3.被控訴人は、前記記載のインクタンクを廃棄せよ。

訴訟費用は、第1,2審とも被控訴人の負担とする。
◆特許権の消尽論については、「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合において、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で上記の旨の合意をした上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解される。」(BBS事件最高裁判決)という最高裁判例があります。
◆修理について、特許部分以外の部分の修理は特許権の侵害とはなりません。ここで、修理とは、最初の作動状態を維持、回復するための行為をいい、部品を取り替える場合と取り替えない場合とがあります。
特許部分の修理については、その内容と程度とが問題となります。
特許部分の一部又は全部を分解し、掃除し、再組み立てをする場合は、特許部分の新たな生産をするのではないから、特許権の侵害とはならないと解すべきでしょう。
特許部分の全部を取り替える場合は、もはや修理とはいえず、特許部分の新たな生産に該当し、特許権の侵害になると解すべきでしょう。

特許部分の全面的な取り替えにならなくても、特許部分の主要な部分の取り替えは、特許部分の全面的な取り替えに準じ、特許部分の新たな生産になると認められ、特許権の侵害となるとするのが妥当だと思います。

◆特許訴訟において、被告に課せられる物心両面の労力は多大なものがあります。なぜなら、侵害と認定されれば、過大な賠償金を支払うことにもなり、さらに、以後の実施に対して製品の設計変更や製造設備の改築等の不利益を伴うからです。
これに対して原告は、時間と代理人費用とがかかりますが、たとえ非侵害と認定されたとしても、受け取れるかもしれない賠償金がなくなるだけであり、被告側ほどのダメージは受けないと思います(ただし、被告の行為によって受けた販売機会の喪失や価格競争による利益の減少等は残ります。)。
したがって、万一訴訟沙汰になったとしても、原告として訴訟に臨みたいものです。